「おかえりなさい」
柔らかな声は夕食の香りと共に二人を出迎えた。
「どうだった? 賑やかだったでしょう」
配膳を済ませ、やっと席に着いたズチは二人に笑いかけながら匙を持った。食卓には余り物肉団子のスープ、土産の串焼き、山菜の和え物、川魚の煮つけ、そして固めに焼かれたパンがころころと八つほど。新年祭が近くなればなるほど、こうして食卓は豪華になっていく。所狭しと並んだ大皿に、各々は手を合わせてから手を伸ばす。
「普段はあんな感じじゃないんですか?」
「そうさなぁ……人もそんなに歩いてないというか。商人だけ行き来してる感じだよな」
ですね、とタイハクは頷いて空になった器を手に取る。
「あ、おかわりはこっちにあるわ。ほら」
嬉し気にタイハクの手から器を受け取って、ズチはスープを盛りつける。
「食べるの速いわよねぇ。口にあったのならいいのだけど」
「……おいしいです」
控えめなコメントではあったが、ズチもオージも息をついて頬を緩ませた。
「そういえば、オウはなにか思い出せたか?」
「それが全然で……掲示板も見に行ったんですけど、ちゃんとは見れなかったんですよね」
「もしかして、またか?」
ええ、とタイハクは頷く。
「今回は少しばかり派手だったとは思いますが……」
目を伏せながら話す青年に、オージは首を横に振る。詳細な話は飛んで、軽く出来事だけを二人は伝えた。
「今年は特に酷いんだな。ここ数か月は見境が無くなったって感じもする。そりゃ、あんな噂が流れれば向こうも無視はできんだろうがな……」
「救世の魔法使いですか。御伽噺にマジになるのもどうなんですか」
「それくらい今は荒れてると見るのが妥当だ。しょうがねぇよ。戦争が終わって、ここはもうイロートって国じゃなくなったんだから」
首を振るオージの横顔はどこか鈍く、触れ難い。
「そうだ、串焼きはもう取り分けましたか」
「あぁ、そうだった。ズチ、こっちに」
二人は早速串焼きの串を外し始める。オウがなにか言いたげな顔をしていたが、タイハクは再び匙を持ってスープを平らげる。
「御伽噺って、どんなのなんですか?」
「イロートは昔から月の女神様が豊穣を守ってくださってるの。女神様は年に一回だけ望月祭でその体を休めて、新しい女神様として生まれ変わって、また豊穣と穀物の種を私たちにくださるのよ」
なんでもないように、ズチは話す。彼女は特に熱心でもないのだと以前話していただろうか。
「種……? 特別なものなんですか?」
「ええ、どんな場所でもどんな天気でも必ず大きな実をつけてくれるの。イロートは平地のほとんどが砂丘になってしまっているから……作物が上手く根付かないの」
「へえ……じゃあその種がないとごはんが食べれないってこと?」
「そうね。この辺りはそこまで困ることはないけど……海に近いともっと大変ね。けれど色々な理由があって女神様のお体に障りが出ることがあるの」
「女神様の加護が無ければどんな穀物も育たないからな。種もいただけなくなってしまう」
「そう、その時に現れるのが救世の魔法使いとされているの」
その魔法使いは朝焼けのような長く美しい赤髪と、立派な装飾が施された杖を持っているという。魔法使いが月女神に力を貸すことで、障りがある体でも代替わりができるようになるのだという。
「今も女神様は障りで苦しんでいると聞くし……望月もどうにかしようとお布施を集めて回っているみたいだし……とにかく、砂丘に面してる町の人は大変だろうよ」
「じゃあなんであんな晒上げるようなことを……? 魔法使いが必要じゃないんですか?」
「それが……この話のほかに、女神様が望月祭以外の方法で代替わりすると、土が枯れて二度と作物が実らなくなるという話も伝わっているのよ。望月の人たちは、そちらの話を信じているのね」
「どっちが正しいかなんて、俺らには分からねえよ」
やれやれ、と言わんばかりにオージは首を横に振った。
「まぁ、それよりもオウが早く家に帰れるといいんだけどな」
「そうですよね……いつまでもお邪魔しているわけにはいきませんし……」
どこか寂し気な顔を見てオージは慌てて言葉を加える。
「うちは別に構わないんだけどな。それじゃあんたがよくないだろうから。手がかりになりそうな記憶はまだなにも?」
オージの問いにオウは眉を下げて頷く。相も変わらず思い出せるのは名前だけらしい。
「まぁ、ゆっくりでいいのよ。急に思い出すこともあるかもしれないし。ほら、まだおかわりあるわよ」
空になった器に料理は次々と盛られていく。オウは手加減をされているようだったが、タイハクの皿は常になにかが乗っていた。それは平気な顔で平らげる彼も彼だ、オウは若干身を引いた。
話はまた畑のことへ戻っていく。大皿の料理が半分ほど減ったところで、今夜の食事はお開きとなった。